2022年9月16日

「メルヘン」な馬たち

突然ですが、みなさんは「メルヘン」という言葉を聞いてどんな動物を連想しますか?
同僚や友人にこの質問を投げかけたところ、異口同音に「馬」「白馬」「ユニコーン」と答えてくれました。
ちょうど展覧会準備中だった質問者の意図を汲んでくれたのかもしれませんが、それを差し引いても、馬やユニコーンは今や「メルヘン」を象徴する動物ランキングの上位にいるのではないかと考えています。
しかし、1980年代の日本国内の大学生を対象に行われた調査では、「メルヘン」な動物といえば「うさぎ、しか、りす」が圧倒的多数派だったようです(宮下啓三「現代日本人の「メルヘン」意識」)。確かに、アニメーションや絵本、お洋服のモチーフで見かける小動物の代表格ですね。

そもそも、「メルヘン」って?なんとなく知っているつもりだけれど、説明を求められると答えに困ってしまう言葉の一つかもしれません。
「メルヘン(Märchen)」はドイツ語でもとは「短いお話」という意味で、空想的な要素のある物語のジャンルを指します。代表的な例として、グリム兄弟の「白雪姫」「ヘンゼルとグレーテル」や、アンデルセンの「人魚姫」「みにくいアヒルの子」などが挙げられます。
日本では、「メルヘン」は明治時代以降「童話」「昔話」「おとぎ話」などと訳されてきました。一方で、どれか一つの訳語では本来の意味が表しきれないこともあり、文学の世界では「メルヘン」というカタカナ語も用いられてきました。
「メルヘン」は本来こども向けに限られたものではなかったのですが、教材として受容され、さらに商業主義とリンクしてこどもを対象とした絵本やアニメーションの形で再話されたものが一般に流通していきました。そして、「メルヘン」という言葉はこども、そして若い女性を対象とした娯楽などの分野で用いられ、人口に膾炙していくこととなります。みなさんも、「メルヘン」を含む名前を冠した雑貨や食品、商業施設がいくつか思い当たるのではないでしょうか?
古い例としては、1935年に宝塚歌劇団雪組が「メルヘンランド」というショーを上演しています(ちなみに、同作品の舞台美術でユニコーンが描かれていたようです)。また、中原淳一が手がけた雑誌『それいゆ』や『ジュニアそれいゆ』でも、1950年代から「ゴシツク風なメルヘンの夢」、「メルヘンのカーテン」といった見出しが散見されます。
「童話」や「おとぎ話」といった訳語から広がる甘い、夢のような、やさしい……といったふわっとしたイメージでさまざまな場面で用いられてきたことで、日本語の「メルヘン」は漠然とした言葉になってしまったのでしょう。

直近で担当した2つの展覧会では、どちらも「メルヘン」に関連するといえる内容を扱いました。
テーマ展「ゆめかわ?ちょいこわ?ユニコーンとペガサス」(2021年11月27日~2022年2月13日開催)では、馬に似た姿をした想像上のいきものであるユニコーンとペガサスについて、両者を比べながら、古代から現代までの描かれ方の変遷を紹介しました。
ギリシア神話において蛇髪の怪物メドゥーサの首の切り口から生まれたとされるペガサス、中世ヨーロッパで一角獣狩りの様子が繰り返し描かれてきたユニコーン、どちらも「ちょいこわ」な側面があります。しかし、いまでは「ゆめかわいい」、あるいはふわっとした方の「メルヘン」に近いイメージを持たれているのではないでしょうか。
小規模なテーマ展でしたが、おかげさまでご好評いただき、Webメディアでも紹介していただきました。Pacalla様に詳しく取材していただきましたので、ご関心のある方はぜひインタビュー記事をご覧ください。
https://pacalla.com/article/article-3578/

テーマ展「ゆめかわ?ちょいこわ?ユニコーンとペガサス」展示風景

今後も、「メルヘン」な馬にまつわるトピックを取り上げていきたいと考えています。
ひとつはアラビアンナイト。
千夜一夜物語とも呼ばれるこの文学作品は、ヨーロッパに紹介された際「メルヘン」として受け入れられました。「アラジンと魔法のランプ」「シンドバッドの冒険」「アリババと40人の盗賊」などがよく知られていますね。
翼が生えていたりいなかったりしますが、「空飛ぶ馬」の表現がアラビアンナイトの挿絵や派生作品で多く見られます。

メリーゴーランド(回転木馬)も重要なテーマだと考えています。
馬が「メルヘン」あるいは和製英語の「メルヘンチック」という言葉から連想されるのは、このメリーゴーランドによるところが大きいと考えられます。
しかし、メリーゴーランドの起源はフランスの騎兵のための練習用の木馬だと言われており、調べていくと「かわいい」だけではない側面も見えてきます。

思えば、「白馬の王子様」や「馬車」も文学作品としての「メルヘン」で頻繁に登場するモチーフです。今後も展覧会を通して、「メルヘン」な馬たちの世界をみなさんと共有できれば幸いです。

執筆:馬の博物館 学芸部 門脇 愛